シブログ4269

「怒るのはわがまま」

の第二弾

「好き嫌いはキャパシティ」

人の好き嫌いは誰でもあるけれど

人それぞれに許容範囲があって

「苦手だけど別に悪い奴じゃ無いし、いい奴やん」
って感覚が無いと生きづらいと思う

僕なんかは多分許容範囲が広いので
そんなに特別な事が無い限り嫌いな人はいません

苦手な人は

・声のでかい人
・人を差別する人
・人を区別する人
・自分の事ばかり考えてる人
・人から少しでも得しようとする人(テイカー)

こういう人とは距離を置いてます
けれど嫌いまでにはならなくて
そういう人枠で距離感保って平和に生活しています

許容範囲の少ない人って
すぐに「あいつ嫌い」とか「あいつ無理」ってなるけれど
それはわがままだと思う

少なくとも対等に人間関係の中で生活するなら「わがまま」
世の中と関わらず生きていく人ならいいですが

許容範囲はできるだけ広い方が生きやすい

確かに僕も「自分はこういう人間ですから」
と、ロックな時代もあったような気がするけど

今となっては
そんな事どーでも
どー思われてもなんとも思わないし
そんな時代無かったかもしれない

食べ物も好き嫌い無い方が生きやすいし
食えるものなら苦手でも食べられた方がいい

これも結局
「怒るのはわがまま」と同じで

「思ってんのと違う!」
とスネてるだけなので
あまりにも幼いというか
わがまま

かと言って「みんな大好き」は危険で
テイカーに搾取されて終わっちゃう

先日先輩に
「お前は山科でトラブル無く16年も営業してて信じられへん
何かに守られてるわ!」

と、褒めてもらったけれど
我ながら渋屋の平和さに関心します

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